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四国初めての本格的な防空壕< 八幡浜第一防空壕 / 愛媛県八幡浜市 >

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四国西の玄関口・八幡浜(やわたはま)。

九州を望む宇和海に良港を擁し、明治の文明開化に呼応するように 紡績産業が発展。「四国のマンチェスター」 と呼ばれました。
現在は豊富な海の恩恵を受けての漁業や、街を取り囲む斜面一帯で栽培される みかんの生産等が、地域の主産業になっています。

この街の路地裏にひっそりと防空壕が残されています。

四国初の本格的防空壕

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八幡濱第一防空壕(愛媛県八幡浜市)

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時は昭和15年(1940)、5月。

世界は ドイツのポーランド侵攻によって勃発した第二次世界大戦 真っ只中。結果的に 翌昭和16年12月に日米開戦となるのですが、こちらの防空壕が造られたのは戦前ということになります。

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扁額(へんがく)
が設置されていることが、戦時急造品では無いことの証。

壕空防一第濱幡八
右から読みます。

一般的には、
「戦前の日本の横書きは、右から書く」
と認識されていますが、これは誤りです。公式的に 戦前は横書きが存在しません。

ではこれは??

あくまでこちらは、

「縦書きの一文字改行」
です。

こうすることによって、字を強調することができます。看板やトンネルの扁額、新聞の見出し等で有効な手法でした。

防空壕内部へ

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カギを借りて 閉ざされている扉を開きました。

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入ってすぐのところ。分厚い壁があり、中の様子を窺い知ることができません。

クランクになっているこの形状には大きな意味があり、もし近くに爆弾が落ちた時に 爆風やその破片が内部に直接飛び込んでくるのを防ぐためのものです。

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この防空壕のメインとなる広間。

高さ... 約2m
幅... 約4m
奥行き... 約10m

現在は保存会の方々によって電灯が設置され、懐中電灯無しでも 中を見学することができます。

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広間の奥
一段上がった 更に上段。

ここにはおそらく御真影(天皇陛下の肖像画)が納められていたと考えられます。

壁に開いた穴は換気孔でしょうか。

電気や水道も引かれていた

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この防空壕は 東西二箇所の入口から成り立っています。
広間のすぐ横に洗面台があります。上水道が引かれていたのでしょうか。天井を見るに電灯が設置されていたような跡があり、かなり高規格な防空壕であったことがわかります。

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西側の入口から、外の光が漏れています。その手前の小部屋は...

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お手洗いまであることに驚きです。

先の洗面台と併せて、地域が空襲で罹災した際は ここを拠点として生活することができるよう考えられていたということでしょうか。

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入口に戻ります。

感謝状が置かれていました。内容を拝見するに、建設費用として 個人の方が私財を提供したことがわかります。

建造から80年近く経つにも関わらず、内部のコンクリートの壁にはほころびがあまり見られないことや、電気・水道などが完備されているあたり、相当 手間暇かけて造られた壕であることがわかります。

それが叶ったのは、地域の方々の理解があったことや、戦時急造品ではなく 建造には時間・資材共に まだ余裕があったこと。

一般的に防空壕建造は 戦局が悪化し、日本本土に敵機が飛来し始めてから 必要に迫られる形で建造されたものが多い。建造のための予算は乏しく、資材も満足に集まりません。

それとは異なる時代に建造された 八幡浜第一防空壕。
思えば 四国のマンチェスターと呼ばれた、四国の文明開化を牽引した土地柄。このような先見の明があっても不思議ではありません。

見学を終えて...

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場所は愛宕山(あたごやま)のふもと。防空壕の上は開発され、住宅地になっています。
この場所は戦後ほどなくしてボタンを製造する工場が建てられ、平和と相まって防空壕の存在は忘れられて行きました。

再発見は平成14年(2002)。
現在は地域有志の方々の手によって清掃など、保存活動が行われています。

八幡浜第一防空壕

< 自家用車 >
高松駅から 約2時間50分、214km
松山空港から 約1時間10分、66km
< 公共交通機関 >
JR予讃線・八幡浜駅 下車、1.9km、徒歩約25分

※ 主な地点からの最速・最短距離

参考記事

2018,3/1 文明開化期にタイムスリップ! 日本を支えた蚕業< 愛媛蚕種 / 愛媛県八幡浜市保内町川之石 >

この記事を書いた人

野瀬 章史
野瀬 章史/ゲストハウスそらうみ 四国八十八ヶ所霊場会公認先達 法名・照山の僧籍

四国高松でゲストハウスそらうみを運営する傍ら、四国八十八ヶ所霊場会公認先達として、お遍路さんの案内を務める。法名・照山(しょうざん)の僧籍も持つ。趣味はバイクツーリング、カヌー、登山、鉄道、料理など。日本の全離島・全地点を隅々まで回るべく、愛犬しょうとの日本一周旅の途上。