文豪逗留の宿で食する特徴的な郷土料理<大畑旅館/愛媛県宇和島市岩松>
思ひきや 伊予の涯にて 初硯
(おもいきや いよのはてにて はつすずり)
文六●
「初硯」とは新年初めて硯を使用する事。すなわち季語。縁あってこの地に滞在することになった昭和の小説家の、当時の心情を詠んだ俳句が国道56号沿いに立っています。
獅子文六と岩松の街
愛媛県宇和島市津島町岩松(いわまつ)。
古い街並みとそのそばを流れる岩松川では、冬にアオサ漁・春にはシラウオ漁が行われ、地域に季節の訪れを告げる風物詩になっています。
岩松ゆかりの人物で小説家の「獅子文六(ししぶんろく)」
昭和17年(1942)、真珠湾攻撃の九軍神の一人を描いた「海軍」で賞を取ったが、そのことで戦後ほどなくして「戦争協力作家」として一時追われる身となり、妻の実家がある岩松へ疎開した。
東京から汽車に乗って、船に乗って、また汽車に乗って。これでもかと遠い宇和島のそのまた先の岩松は、文六先生にとっては未知の世界だった様子。
当時の東京は戦争によってすっかり荒廃していたが、やってきた相生町(岩松がモデル)は貧しいながらも変わらぬ日常が繰り広げられていた。その対照的な街と人々の様子が描かれた「てんやわんや」は戦後初の新聞連載小説となり、人気を博した。
偶然かどうか九軍神が出撃前の訓練を行っていたのは愛媛県の伊方町三机湾(みつくえわん)。この頃の文六先生は愛媛と縁があったようです。
獅子文六の作風は、実話を元にその時代の流行や地域の習俗をユーモラスに描かれているのが特徴。
獅子文六初めての私小説「娘と私」は、自身のフランス留学体験とそこで結婚したフランス人妻(その後死別)との間に生まれた娘の成長、再婚した2番目の妻(=岩松出身)を交えた暮らしを描いた作品。
昭和33年(1958)にNHKでラジオドラマ化された後、昭和36年(1961)4月からはテレビドラマ化され「連続テレビ小説・娘と私」となった。半世紀以上続く「朝の連ドラ」の初代作品です。
なお、令和2年(2020)4月から放送予定の第102作「エール」から、放送周期が土日を除く週5回放送になることが発表されましたが、これは初代作「娘と私」以来59年ぶりの事だそうです。
文豪執筆の宿
岩松川の写真(上から二番目)に写っている大きな松の木の裏に、昔ながらの旅館があります。
相生町(岩松)にやってきた犬丸順吉(獅子文六)は、師事していた代議士の紹介で相生長者(東小西邸=大畑旅館)に滞在。彼の知人らに厚遇され、ここでの暮らしは退屈しないものとなった。
()内は実在のもの
かつては豪商の分家。現在は旅館として営まれている大畑旅館は、獅子文六が岩松暮らしで滞在した場所。内部には小説「てんやわんや」を執筆した二号室が残されています。その部屋を見てみたくて今回大畑旅館さんに宿泊しました。
建て増しされた新館の玄関から建物へ入り、階段を上がって本館へ。
中央に通路があり、その左右に和室。昔ながらの旅館の風情がとても落ち着きます。
文六先生が滞在されていた部屋は、通路最奥右手。
こちら山側にある二号室に逗留して、小説てんやわんやを書き上げたそうです。
文六先生の自筆が額に掲げられていました。
達筆過ぎて、一番左の記名以外は殆ど読めない、、、
おそらくこの部屋に滞在、もしくは作品を著したことが記されているのだと思います。勉強不足。
旅館の中から眺める大きな松の木と岩松川はご覧の通り。こちらは廊下を挟んで反対側の1号室ですが、文六先生も執筆の合間に外を眺めては、物思いに耽っていたのではないでしょうか。
対岸には幹線国道である国道56号が通っていますが宇和島道路が南へ延伸されたため、交通量は減少。静けさが戻りました。
文六先生も食した南予の郷土料理
お宿泊まりの楽しみ、待ち侘びたごはんです。
ごぼう・にんじんなどの根菜類に、鶏肉や豆腐、ぶつ切りのネギ等を炒めてから醤油出汁で煮たものを、同じく熱々のごはんにぼっかけて(ぶっかけて)食べる南予地方の郷土料理で「ぼっかけめし」として「てんやわんや」にも登場。登場人物の一人・越智善助は、ぼっかけめしを16杯食べたらしい。
そこまでにはないにしろ、普段自分が食べるごはんの量は茶碗一杯程度なのに、これだと2杯、がんばれば3杯いけてしまうのが不思議です。
こちら同じく南予の郷土料理で、祝い事には欠かせない「鯛そうめん」
一匹姿のまま甘辛く煮付けた鯛を、素麺と共に大皿に盛りつけたもの。
色とりどりの具材を波に見立て、そこを悠々と泳ぐ魚の王者・鯛。それと細く長く幾重にも幸せが続くように願いが込められた素麺の組み合わせは、南予地方では最上級となるハレの組み合わせ。
今回はこれでお腹一杯(むしろ食べ切るのに苦戦した)になって他の食べ物を食べることができませんでしたが、宇和島を中心とする南予地方には他にもたくさん郷土料理があります。少し甘めの味付けが当地方の特徴で、場所柄大分・高知・愛媛三県の味がミックスされたような食文化を楽しむことができます。
作中には越知善助が51個食べたというふくらし饅頭というものが登場しますが、そのエピソードをもじった「善助餅」が岩松にある浜田三島堂さんで発売されています(宇和島市街にも支店あり)。
そんなひょうきんな人物とエピソードが枚挙にいとまがないほど、文六先生が過ごした岩松の街はユーモアに溢れていたことが「てんやわんや」の世界から見て取ることができます。
大畑旅館
< 自家用車 >
高松駅から 約3時間10分、249km
松山空港から 約1時間10分、107km
※ 主な地点からの最速・最短距離
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